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zoom RSS 子どもの「涙」について

<<   作成日時 : 2011/08/29 12:40   >>

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教育関係者で子どもの「涙」に用心深い人が多い様に思います。
筆者の子どもが属していた野球チームの関係者に小学校の先生がいて、よくその辺の話を聞いていました。

教育の専門家ではありませんので誤解の可能性もありますが、記憶では

・子どもは大人の反応を本能的(もしくは学習的)に予測して、状況的に泣く事ができる
・親はその学習上の涙と本当の涙を見分けられず、殆どの親が過剰に反応してしまう
・泣く子は情緒が発達した子、泣かない子はそうではない、などと一律に考えるべきではない

だったと思います。
そういうものかと驚いた事を覚えています。


このブログで「涙」に関して取り上げた事がありました。

最近では、次男の高校野球生活の締めくくりを書いた記事であり、もう一つは三男の中学野球生活の締めくくりを書いた記事です。


楽しくもあり、苦しくもあった活動はいずれ終わりを告げる時が試合の終了と共に突然到来します。 全てが思うように運ぶ事はあり得ません。迷う事もあったでしょうし、ミスをおかした事もあったでしょう。自分の能力の限界を感じた事もあったと思います。終わった時に走馬燈の様に去来する思いがあるはずです。


学習上の「涙」ではなく、成長過程での「涙」は筆者は必要なものだと思います。過程だけではなく冷酷に突きつけられる(?)結果を通じて自分を振り返る瞬間が子どもにとって必要なものだと思っています。


これらは小学生では難しい事だと思います。中学生になって初めて流すこの種の「涙」は成長の証しであり、その後の成長の糧だと思っています。


去来するものを心の中で精算する事が出来て初めて笑顔が出るのだと思っています。



子ども(中学生以降を指していますが)が学習的に無理矢理笑う事が強いられない事を願っています。



2006年夏の甲子園決勝戦、勝った斉藤投手は涙を流し、負けた田中投手は微笑んでいました。
このレベルだと筆者には理解できません。当然、斉藤投手は悔し涙ではなかったでしょうし、田中投手は悔いがなかったのかも知れません。


親子共々未だに未熟者です。







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